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差し出す対価のパズル

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これの続きです。

kamomenotoushi.hatenablog.com

以上の話を発展させて考えたような話になりそうです。

 

株式投資に価値を差し出したものが利益を得る。

投資により大きな価値を差し出せばそれが利益となる。

 

そうなのではないか?という風に考えたのが先のエントリーでした。

 

例えば、筋トレして身体を鍛えるという価値があります。

それは地道さや苦しさも伴うまさしく価値のある行為だと思いますよ?

だから立派な身体という対価が得られるのだと思うわけです。

 筋トレして苦労して努力するという行為には価値があり利益を得られる対価となります。

でもだからといって以下を言うなら荒唐無稽でしょう。

 

筋トレという価値を対価にしてガンホーを買うなら利益になる。

いや、だって価値を提供してる。

 

答えは考えるまでもないですね。

株式投資において筋トレは価値とはならない。

それは株式投資において求められるピースでもなく対価でもない。

 

価値を差し出した者は利益を得るけど、 その価値にはあっているあってないあるよね?という話です。

言うなれば対価のパズルです。

差し出す対価のパズル。

求められている対価を考えそれにあったピースを差し出す行為が利益を生むのでは?と言ってます。

間違った対価を差し出しても利益にはならないのです。

残念ながら無駄な努力というものがある。

筋トレで株式投資程でもないとしてもあるいはその荒唐無稽をしているのかもしれません。

 

筋トレなら荒唐無稽だとわかるでしょう。

筋トレが株式投資の対価となり利益として返ってくる。は荒唐無稽だと万人が思うはずです。

それは荒唐無稽です。しかしながら実際問題株式投資が利益になっていないなら、この荒唐無稽をしているのかもしれない。と、思うわけです。

 

要求される適切な対価を差し出せていない。

パズルのピースに合わないピースを差し出し、あれえ、儲からないなあと不思議がっている。

そんな事があるような気がします。

 

いくら尊い努力していくら高い価値を対価として差し出すとしても、差し出した対価が適切でなければ利益は得られない。

筋トレじゃ身体は出来ても株価は上がらないのです。

 

どうでしょうか?

いま一生懸命になっていることはパズルのピースにあった対価でしょうか?

努力はいったん置いておいてその努力がパズルにあっているかどうか?を考えてみるのもいいんじゃないでしょうか? 

例えば10年後のその会社や自分の利益を考える時、月次の売上報告を分析するのは適切な対価といえるかどうか?

3ヶ月後の株高を狙う時、その会社が成長するかどうかを様々な資料を取り寄せ詳細に検討することは適切な対価か?

数年にまたぐ成長を見込む時日足チャートで投資家心理を測るのは適切な対価か?

成績良さそうなあの人は自分と同じパズルをしているか?あの人の対価と同じ対価を支払う行為は自分のパズルに有効か?

とかなど考えられそうですね。

 

 

 あなたは、きっと尊い努力をしてきっと対価を差し出している。

しかしその差し出す対価は欲しい利益にあったパズルのピースですか?

 

 

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余談

例えば自分は市場は非効率もあるよね?という立場だったりしますが、株式取引をお金と株式に加えて価値も交換する行為とみなすのなら、市場のすべての取引は同等で常にそれは効率的かつ適正であるって意見に賛同してもいいです。というよりそうもみなせるよね?と考えるようになりました。

 

例えば、買う人にとっての時間を犠牲にするという価値と払うお金の合算値は、時間は犠牲にしないという価値と取引されうる株式の株価の合算値とイコールであるし、常に取引者同士の価値と価格がバランスするという意味で市場は常に100%効率的だ。

 

と、言われたら自分は積極的に否定する動機を持たないしだいたい賛同してしまうかもしれません。

価値は時間だけでもなさそうです。それがより下がるかもしれないというリスクとか。

まあ、形にできない見えようがないどうとでも言えるような概念の話にもなってくると思います。

結局は、一時株価がより下がるかもしれないリスクをとるという価値とか、常に株価を監視し一瞬のチャンスを見逃さない価値とか、より詳細に会社や市場を調べたりした上でのより手間をかけ深く考えだした答えという価値。なんなら運がいいといい価値でもいいですよ。なんでもいいですがその価値に正解といえる金額をつけるのは多分不可能です。ある意味結論ありきの概念論です。

 

とかいいながらちょっと式にしてみましょう。 

 

株式を買う人の差し出す価値+お金=株式を得る人の差し出す価値+株式

 

上記は常にイコール。と、してもいいです。

ちなみにやはり自分としては、違う場合もあるという結論の方が好みですけど。

 余談でした。