
基本と基本レベルという記事を書きました
今回はこの続きというかこの基本をつくる基本くらいかもしれません。
定期的に話題になる"見込みのない人"と"頂点の人"の違いであろう絶望的な気持ちにもなる国語と算数の差の話。
定期的にSNSで話題になりますが投資で損をしてる人がいます
その中で時折そういう人との会話?というかSNSでやり取りするようなケースも流れてきたりします。
そういうときに少なからず感じたりすることがあります。
"日本語が怪しい"
これはあくまでかもめの感覚のなのでそうだとも断言できないのですが、往々にして投資で負けてるなんて人が語る言葉や他の人と言葉がかわされた場合によく感じるのが日本語が怪しいというものがあります。
話してることがなんかしっくりこない。その人にかけられる言葉もなんかちゃんと受け止められてなさそうだ。
どうやら話す言葉とそして読解力にも難がある。
つまり国語がちゃんとできてない。
これは投資で実績出してそうな人においてはまず感じない事です。
投資でとくに個別株投資で勝ってるだろう人の言葉、ブログやSNSの発言がおかしいというか何言ってるかわからないというケースは極めて稀です。
投資で成績を出せてる人が使う言葉はめちゃくちゃなことが少ないし、言葉を受け取ってもだいたい正確にその言葉を捉えられてそうってのがあります。
あと念の為にいいますが、言ってることが理解できるのとそれを同意共感するかはまた別の話です。
つまりは言葉をちゃんと使えてない人は投資成績に優れる人は少なく投資成績が優れてる人は言葉をちゃんと使えてる人が多い。
いや、言い換えましょう。
自分は言葉が怪しい人に投資成績が優れる人を見たことがありませんし、投資成績が優れる人に言葉が怪しい人を見たことがありません。
ないのです。
といいつつ少数の事例はあるかも。100%だとは断言しませんね。基本極めて稀だとは思いますが。
そしてなぜそうか?においても自分は仮説を持っています
あなたが何かを考えるとするでしょう?
その時にあなたは言葉で考えてるはずです。
今晩のおかずは何にしよう?と簡単なものですら、今晩とかおかずという単語を知らなければこんなこんな簡単なことすら思考できません。
ましてや栄養価とか値段などの言葉を知らずにコスパや栄養価にも配慮した今晩のおかずを考えられるでしょうか?
できないはずなんです。
人の思考は言葉によってされるもののため、言葉の練度すなわち国語の練度が思考の練度そのものに直結する。
国語ができないは思考ができないと同義です。
そして投資とは極めて高度な思考ゲームです。
もちろんそれは思考の練度に直結する。
言葉の練度(国語)が思考に直結するならば投資においてそれは凄まじいハンデになる。
思考という以外でも、本でも企業開示でも言ってる通りに受け取れないならそれも大きなハンデになる。
ある意味有名人である暇空茜さんの書かれたnote記事があります。
問題児であるとは思いますが、特に言葉のゲームである裁判で大勝利を収めた氏が頭が悪いように見える人は少ない(問題児なので少なくないかも)と思いますが、氏の言を信じるとすると、この記事でいう意味で日本語が読める人はおよそ1割と言うことになります。
上位5割はわかりやすければ読めるのでもう少しマシですが、これくらいの練度とするなら(アクティブ)投資で勝てるのはよく言われる1割~2割というのも整合性とれる話です。
個別株投資では思考、言葉を要するけどそれをちゃんと備えてる人物は少数であるという寒い現実があるかもしれません。もっとも投資に参入してくる時点である程度のフィルタリングがされていて投資する人たちの中ではそこまででないとはなるかもしれませんが。
いずれにせよ、「1文なら読めるが、複数の文章が読めない」くらいで「発話者に味方をするかどうか」で言葉を解する層(それが五割もいる!)が高度な思考ゲームである投資の世界で生き残れるかはとても寒いものとなるでしょう。
加えて投資には算数の素養も国語と同等以上に高く要求されそうです。
投資は普通に数字の世界だからです。
これは高校以上の微積分とかでなく、ほんとに四則演算程度で算数の範囲です。特に時間も踏まえた割り算でしょうか。
成長率とか利益率とかがわかること、それをPERやPBRなども踏まえて凄さを測れること。
株価なども無視して単純に配当100円より200円のほうがすごいとか、株価2000円より5000円のほうがすごいと解釈するような数的センスでは話になりません。
もちろんそれらを適切な数字を使って適切な四則演算を用いて正当に比較し、どの程度違うのか?を測れる必要があります。
ただ単に足し引きかけ算わり算ができることではなく、なぜそれをそこで使うか構造的に理解するところまで入ってくるとは思うところで、そうなるとこの算数自体は小学生程度以下となりますが、これをこなせる人はこれも存外少ない・・・
のではあるけど、投資で成果を出してる人はまずこの四則計算は問題なくこなし、そして数字を正しく比較し評価する数的センスを持ち合わせいるように思えます。
自分が見る限り投資である程度以上戦えている、成果として長期に利益をとっている人でこの国語とか算数のセンスを持ち合わせてないと思われる人は皆無かもしれません。
そのセンスを持ち合わせていない人・・それはすくなくとも5割はいるだろうけど、そのような人は投資をすれば特にそれが個別株投資を自らの力でやろうとするなら100%に近く脱落するのです。
実際問題これはとても巨大な壁と言えると思います。
これができないというのは、例えば企業からの決算短信の文章も意味を読み違えるし、投資本を見れてもちゃんと読み取れないし、見る数字もどれだけのすごいのかすごくないのかもまともに測れないとなります。
企業にしても他の投資家にしてもその者が何を言ってるのか正しく受け取れず、出てる数字もどの程度かも正しく読み取れない。
そんなハンデを抱えて個別株投資で勝てるわけないでしょうが。
そんな人は5割もいるって話です。なんとも薄暗い話です。
しかも国語と算数に対する一定の素養があれば勝てるとは言ってません
それをそれなり以上に備える高学歴の人でも投資で負けたなんて話はいくらでもあります。
その先に基本があります。
再度。
この国語と算数の素養があるなら、この基本に挑めるという話です。
関連書籍を読んだり開示資料を読んだりしてその内容が正しく受け取れるとか、そして投資はやっぱりお金と数字の世界です。
その時に正しいお金や数字の計算をするためあるいはその数字の意味を読み誤らない算数の素養。例えば複利20%が大したことに見えないのなら先が思いやられる。その際にも例えば計算力高ければ暗算などで早く効率的に必要な計算もこなせるでしょう。
これらがないと基本を身につける修行もままならない。
そしてこの国語にしろ算数にしろこれらは一朝一夕には身につかない。
あるいはこの長い人生において蓄積された経験の末にできたこのハンデはもう覆すのが不可能なものかもしれないとすら思います。
これまで生きてきた長い人生の蓄積の中でなにが得られたかが試されるということです。
そして、この国語と算数に足切りされたものはきっと他の投資家とも争うアクティブ投資で満足する成果に届くことは決してない。
とすら思います。
自分は投資は誰でも成果がでうると考えていました。
正当なアドバイスを受け正当な努力をするならば。
しかしひとつそれを否定するような出来事を観測しました。
名前は挙げませんが、投資を志しyoutubeなどで活躍し注目を浴びた方がいて、投資で負けていたと思われるのですが、目立つからか、若いからか、投資で成果を上げた人たちがこぞってアドバイスをするような状況になってました。
聞けばとても真面目にメモなどを取り向上心もあるようだったとかで努力もされているようでした。
まさに今は能力がないけど正当なアドバイスを受け、そして正当な努力をする人のように思えたのです。けれど自分の感覚的には国語が怪しいと感じる方でした。
結果その人は受けたアドバイスをすべて無視するような形で、損を広げ結局投資から退場してしまったのです。
あるいは聞いたアドバイスなども国語力が低くて正しく受け取れてなかったのかもしれません。
自分は投資は誰でも成果が出うるという意見を覆さざるを得ませんでした。
投資は誰でも勝てないのです。
それまで積み上げてた能力、例えば国語と算数が足りなければ、努力しても届かないのです。
これは自分にとっては結構ショックな事です。
努力しても報われない人のことを思うと絶望的な気持ちにもなります。
しかし人生の逆転のツールにも思えた投資は決して逆転を手助けしてくれない。むしろそれまでの人生の重さを測り、それが軽いなら容赦なく罰を下してくる天秤であり、そして長い人生で差がついたその能力はもう覆せないとするのなら。
なんて残酷な話なのであろうかと。
それはやはり天秤であったのだという気持ちです。
しかし残酷であろうとそれが事実であるのなら
事実として受け入れときには利用していかねばなりません。
(自分のいうことがほんとに事実かはわかりませんけどね)
「知能が低いだけでどうやっても幸せになれないインターネット時代は本当に残酷だ。」
上記知能?と読解力についてのノート記事を挙げられた暇空氏は記事をその様にまとめられました。
自分も同感です。
このスキルを身に着けられなかった人生を歩んだ人はもう決してそれを身に着けた人に対し逆転を不可能とする差である。
投資においてこの差は決定的な差を生んで決してその差は覆らない格差の固定装置である。
なんと残酷なのことであろうか。
しかしこの与えられた残酷は覆りません。
これはそのなかで僕らはこのハンデも踏まえて投資に挑まなければならない宿命なのです。
・・・と、締めたいところですが、投資は素晴らしいですね。この宿命から逃れる手段もありまして。
インデックス投資なんですけどね。
まあインデックス投資をするのもある程度の国語と算数の素養は求められるとは思いますが。
知るほど突き詰めるほどインデックスが総合やっぱり素晴らしいとなっていくわけで、それを拒絶せんとするアクティブ個別株投資家としてはため息が出るばかりです。
あなたの国語と算数の力はいかほどですか?
正しく言葉を数字を読み取れていますか?
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