靴磨きの少年なるものがあります。
そんな話がありまして、検索すると例えば以下のような記事が。
「1929年のアメリカの株式市場の大暴落はよく知られていますが、その中にこんな有名なエピソードがあります。 アメリカの第35代大統領のJ・F・ケネディの父親のジョセフ・ケネディは、ウォール街で巨万の富を築き、政治家になったことでも知られていますね。その彼が当時ウォール街で靴磨きをしている少年が株の話をしているのを聞いて、自分の持ち株を全部売って、その後の暴落を免れたというお話はとても有名です。一般大衆の隅々にまで株式の関心が高まっているということは高値に違いないと判断したわけです。」
みたいな。
そんな靴磨きの話は投資の世界では有名でちょくちょくこれは靴磨きじゃないか?みたいに言う人がいたりするのですが・・
そんな中で思う話。
靴磨きで大事なことを判断するべきじゃないよね?って話だしもっというなら
靴磨きなんて探すのはやめてしまえって話。
靴磨きの少年なんて話がなぜもてはやされるのか。
もちろん1929年の暴落時にそんな話があったというのは事実なんでしょう。
そしてその他もそれまであまりそれらに関心もなかったのが儲かると聞いて興味を持ってなんら準備もなく入ってくる層が来ると市場はもう終わりなんてのが繰り返されたのもきっとそうです。
バフェットなんかも「賢者が最初にやることを愚者は最後にやる」ということわざを挙げてますしね。愚か者が大挙して市場になだれ込んで市場は終わる。その愚か者が靴磨きの少年ということです。
ウォーレン・バフェット、賢者が最初にやることを愚者は最後にやる|【初心者】動画編集 在宅ワーク 初め方|note
そういうことなのかな?と思うところですし・・
それらがバロメーターとして機能してるってところはあったと思うんです。
ただそれはたぶん今でも少しは機能してるとは思うんですけど、それがあまり信用ならくなったと言うか、それもあるし元来ある種の格言ことわざをそれだけでそのまま採用するのは常に怪しいところもあると思うんですよね。
要するに、そんな態度こそ最後にやる愚か者で靴磨きの少年なのではないか?と思うところです。
それに時代は変わったといいますか
書籍やメディアや雑誌も多様化しました。もっといえば個人のSNSやブログなども沢山ありますし書籍なら常に本屋に並んでてSNSでしょっちゅうそれっぽいニュースも流れてきます。
情報発信のありかたは過去とは比較にならないくらい複雑になり誰がどこからどのようなきっかけをもらってるかも定かじゃありません。
過去ほど新聞やテレビをみて右へ倣えって時代ではなくなってると思うんです。
多い少ないは別にして多種多様な意見も存在するようになり、それはいいものだと主張するような投資に入るようなきっかけは常に提供されるようになったように思えるのです。
それに投資自体も敷居が下がりました。
昔なら慣れない雰囲気の店頭で口座をつくって少なくて馬鹿にされるんじゃないかとおどおどしながら入金する必要もなく、ネットで簡単に口座は作れるし以前より単元も小さくなったものも多いし、投信とかミニ株とか手軽な金額でもできますし、手数料も安くなり・・・最近毎月1000円積立してるって話も聞きました。正直中学生でもできるハードルの低さだと思います。というかワンタップバイみたいなものもあるし、お釣りやポイントで細かく投資するみたいなトラノコみたいなサービスすらあります。
つまりは以前より遥かに投資へのハードルは低くなりました。
その意味では常にどこでも靴磨きの少年は生まれるようになってます。
もう靴磨きの少年はいつでもどこでもいてそれがいることになにか特別なメッセージが込められることなんてなくなってきてるように思えるのです。
またこれは個人の話なんですが
あるとき電車に乗っていて目の前にしょぼくれたおっさんが投資雑誌読んでたんですよね。
いかにも投資なんてしなさそうな貧乏そうなおっさん。
いかにも靴磨き的なエピソードだと思います。
しかしだしかし。たぶん自分もそうなんですよね。
自分も端的には貧乏そうなおっさんです。
でも電車の中で日経マネーとか開いたりします。
喫茶店で投資の話などもしたこともあります。
みえるはずなんです。
自分もその靴磨きの少年に。
というかきっと誰かは思ったんだと思うのです。
こんな投資なんてしなさそうなやつが投資してるなんてもう相場は終わりだ。
実際にはリーマンからずっと相場は終わってません。
コロナだって乗り越えて日経なら高値を破りました。
仮想通貨だってそうです。
この人に見覚えがある人も多いでしょう。
これがでたのは2017年末くらい。
これほど靴磨きな事例もないかな?とは思いますし。実際にビットコインあたりはその後下がるけど、この記事2021年時点でこれが出たときの倍くらいつけてる(まあ他の草コインとかは落ちてますけどね)わけでありまして・・・
株式だって仮想通貨だってこれまで靴磨きの少年をみて投資から離れた人はことごとく判断ミスをしてるんです。
リーマンからならもう10年は過ぎました。
ビットコインなら3年ほどで倍です。自分は仮想通貨に投資妙味はない派ですが
それでもあなたは靴磨きの少年を探すのですか?
認めるべきだと思うんです
もう基本的に靴磨きの少年に相場の未来を映す力などない。
靴磨きの少年はもう何かを言ったりはしないのです。
仮想通貨でヒャッハーしたひとがあれくらい居たくらいでも終わらずに続きがわりとすぐに来る。それくらいもうそんなのには意味などない。
だから靴磨きの少年なんかで自分の投資の進退を占うべきではないと思うんです。
それは市場の今後を占うものとしてあまりに危うく信用ならないものなんです。
むかしはもうちょっと映してたのかもしれませんがきっともうそのような時代でもないのでしょう。
ならば、物言わぬ靴磨きの少年から勝手になにかのメッセージを受け取って投資をやめちゃうとか馬鹿げたことだと思いませんか?
じゃあ何で測るのか?
この問いたどり着くなら今回の自分の試みは成功です。
自分は投資の是非を何に委ねるのか?
信用ならない靴磨きの少年?
信用ならないものなら信用するのなんてやめてしまえって思います。
だって信用ならないからね。当たり前の話です。
信用ならないものは信用しない。
自分は投資の是非を何に委ねるのか?
それは信用に足るものであるべきだ。
その信用に足るものとはなんなんだろう?
ここまでいけばいいと思うところですが
あとは各々で考えて各々の答えにたどり着けばいいとは思うんですけど、そうですね。
以下はこれは自分の考えですけど、このあたりはあくまで企業状態と評価を考える投資家視点の考えなのでそこまで真に受けずに人によって違う答えもあってもいいとは思います。テクニカルな視点とかマクロ経済視点とか。まあ靴磨きの少年で測るよりはマシでしょ?
で、自分であるなら・・・
それを測るに信用に足るとおもえるのはやはりファンダメンタルズのみだと思うんですよね。
株式市場ならその範囲を限定するのは難しいけど、やはり企業状態とその評価(バリュエーション)だと思うんです。
と、いうよりそこをないがしろにして目についたおじさんかお姉さんか少年でもなんでもいいけど、そんなもんでなんの意味ある情報が得られるというのか。とは思いますね。
株式市場ならまずファンダメンタルズ(主に企業状態とバリュエーション)があるわけで、それが判断の主軸にされるべきでそれを差し置きそのへんの誰ともわからぬ馬の骨に市場の今後が映されてると思いそれをより優先するのは阿呆なんじゃないかと思ったりします。
なので、自分ならあくまで企業状態とその評価(バリュエーション)をもってそれらを測ろうとするでしょう。
そのためのツールもあることですしね。
これとか。
大きくは信頼できる基準を持ってそれは測られるべきだと思うんです。
それは自分なら企業状態とその評価です。
それが基本にあり、そうですね。それを基準に据えながらも芳しくないときに靴磨きの少年をどれだけみたかは、一つの副基準にするやもしれませんね。
それ自体は過去には結構その後の市場を映すようなところもなかったわけでもないですし。今後も他に基準を起きつつサブで使うくらいには参考になるかもしれません。
しかし、なんとなくで曖昧なものに大事な判断を委ねてしまわないように。
大事な判断は、もっと確たる信用できるものに委ねるようにしたい。
物言わぬ少年から勝手に有りもしないメッセージを受け取って判断ミスなどしたくはない。
自分はそのように思うところなわけなんです。
あなたは大事な判断を何に委ねますか?
それは信用できる判断基準といえる根拠はありますか?