大河の一滴

大河の一滴

まったり一滴を注ぎ続け大河になる大河をつくることを目指す投資ブログ

MENU

”すぐ”を捨てることの価値

スポンサーリンク

f:id:kamomenotoushi:20160813232143j:plain

自分が株式投資をしていて感じることのはなしです

株式の値段、株価って人気が出るとより高くなる傾向があるなあと感じてます。

より質のいいものはその質の良さに較べて株価が高くなりやすい。みたいな。

例えばMonotaRO。GMOPG。エムスリー。

これはいずれもすごくいい会社だけど、それに対してさらにいいお値段がついているように思えます。

 

世の中見ても一緒です。

家電なんかもそうですね。

機能とお値段は比例するわけではなく、多くの上位機種はちょっとの機能が追加されるごとに加速度的にお値段が高くなったりします。

パソコンのCPUなんて顕著で、3割も早くなれば倍のお値段がついたりします。(数字は適当に言ってますが性能が上がると加速度的に高くなる印象です)

 

こんなことを見て思うのはちょっとの付加価値というものにスゴイお値段がついてくるってことです。

そして本題ですが、投資においてこのちょっとの付加価値にすごいお値段がつけられていると感じることがあります。

 

それは、”すぐ”という価値。

投資において”すぐ”というものはものすごい値段がつけられている。

みんながみんな求めていて、ベラボウなお値段になっているように思えるんです。

ホント、みんな”すぐ”しか気にしてない。

気にするのは今日の株価。明日何が上がるか。決算がその日の株価どう反応するか。クオカードを貰い続ける為に買ったのに数日後の10%下げで震えだしてる。

 

みんな、”すぐ”が大好き。”すぐ”は大人気。

故に”すぐ”は値段が高いといえます。

それがちょっとの付加価値なんだとしてもみんなが欲しがるのだから。

もちろん、そんな”すぐ”はみんなが欲しがるがゆえにお値段が高くつく。

家電やCPUのごとく、そのちょっとの付加価値のために払うべき対価は加速度的に増えていく。

だからその”すぐ”は熾烈な競争を勝ち抜かないとあるいは幸運に恵まれないと手にできない。

その”すぐ”を手に入れるには高い対価が必要となってくる。

MonotaROのPERのように最上位のCPUのように。

 

それは、パフォーマンスの良い、あるいはお得な買い物と言えるのか?

 

多分言えないんだと思います。

 

”すぐ”は価値が高いがゆえに希少価値が付きより高い値段がつく。

 

ならば、そんな”すぐ”は捨ててしまいませんか?

 

そこにある”すぐ”は、きっと垂涎の価値があるんです。

だから。それ故に。それはその価値以上の対価を要求する希少品、贅沢品なんです。

けれど、”すぐ”ではないものは、そうでもない。

 

 その”すぐ”ではないものに余計な加速度的なお値段なんてついてない。

”すぐ”にしないことが余計なコストを払わないで済むことになる。

”すぐ”に価値があるがゆえに、”すぐ”を捨てることに価値が出てくるんです。

自分はそのような事をつらつら思うわけです。

あっと、これは最初から”すぐ”を捨てることに価値があると言ってます。例えば最初から二年後を狙う。二年後を見て良さそうなものを狙う。当然その時には月足チャートはみるけど日足チャートは見ないはずです。業績も4年じゃ少ないと思うはずです。

そんな感じに。

あと”すぐ”を狙っておいて未達成だったものを実は”すぐ”なんて求めてなかったなんて都合よく入れ替えするとかよくないというか既に高い代金払っちゃっていると思いますよ。

 

 

そこにある”すぐ”に対する対価は妥当ですか?

”すぐ”にコストをかけすぎてませんか?

妥当でないならコストをかけ過ぎなら

”すぐ”を捨てることに価値が生まれると思いませんか?

その”すぐ”捨ててみませんか?

 

参考記事

kamomenotoushi.hatenablog.com

 


記事を気に入ってくださった方は↓をクリックしてくれると嬉しいです。