大河の一滴

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まったり一滴を注ぎ続け大河になる大河をつくることを目指す投資ブログ

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金持ちを吊るせ!という叫びの中で

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久々に投資やお金のことについて考えるカテの記事ですね。

自分は中途半端なところの大学のフランス文学科(厳密にはちょっと違うけど)を出てます。

実は高校の時一番英語、つまりは語学が苦手で成績も良くなかったのに何を間違ってか(受かってしまったからなんだけど)いってしまったんですよね。

できの悪い学生でした。

自分は社会学部あたりが本命でした。

もっと頑張っていけばよかったと今でも少々後悔しています。

そんな専門的ではない社会学の知識からの話になりそうです。

仮説のオンパレードの思考実験となるのかな?

 

ヒトは裏切り者を許しません。

人間社会は裏切りを許さないしまた重い罰を与えます。

大抵において法の一番重たい刑罰は裏切りに対して。

日本でも外患誘致罪が死刑のみの最も重い罪とされてます。

また、多くの人の憎しみも敵に対するよりも強い憎しみが裏切り者に向かうものです。

会社でもライバル会社に引抜きされればライバル会社をけなすより、引き抜きに応じた人に罵詈雑言が向けられるなんてよく見ます。

ヒトは社会的に裏切り者に重い罰を与えるし、感情的にも裏切り者を憎みます。

何故なのでしょうと考えたのです。

自分の結論は、ヒトが社会性をもって繁栄する手段をとってきたからというものです。

ヒトという個は大自然の中では無力です。

サバンナの中で、あるいは釧路湿原の中で個人の力のみでただ1月のあいだ生き抜くのも困難でしょう。ましてや子孫を残していくなんてできるのでしょうか?

ヒトは個ではとてもとても弱く無力な存在です。

他の動植物とくらべてもぶち抜けて弱そうです。

 

しかしながらヒトはこの地球で最も繁栄し力をもっている生き物です。

それはなぜか?

個が集まり結託し、社会を作り、個の力を補いあい組織として生き延びる道を選びそれが大成功したからではないでしょうか?

 

ヒトの強さの根源は組織もっといえば、社会にあります。

社会や組織を維持するためには協力が不可欠です。

誰か一人のテロリストが潜むとなれば、多くの人が構築し運用している鉄道、満員電車はまたたくまにその機能を果たせなくなるでしょう。

それを使うものの中に裏切り者はいないという前提の上で成り立っているものはいくらでも例を挙げることができると思います。

逆に裏切りが起こるというのはその基盤を土台から壊しかねなくその組織自体の存亡に関わってくるともいえそうです。

 

アステカ文明という滅んだ文明がありました。この文明の滅亡は侵略者コルテスに協力した裏切り者の貢献なくしてはありえなかったでしょう。

裏切り者が出ると場合によっては文明までも滅んでしまうのです。

 

故にヒトは裏切り者に対して社会的に厳罰を下すし、また感情レベルでも裏切り者を憎みます。

裏切り者を許すとヒトの強さの根源たる組織力、社会力の維持が危ぶまれ場合によっては組織、社会、文明の存続から種の存続までに危機が生じるからです。

ヒトは裏切り者を憎むことによってここまで繁栄したとも言えそうです。

協力して社会を作り組織力を持って繁栄を図るのがヒトの生存戦略であるならそれは当然とも思えるメカニズムです。

 もしヒトが裏切り者を憎まないようにできていたら組織なんか作れず作ってもあっという間に空中分解し自然の中で淘汰され今の繁栄など築けてなかったことでしょう。

 

そろそろ本題かな?

投資家視点になってきます。

そういう視点で自分は富めるものに対しての例えば累進課税を課すなどには反論しがたく思ってます。貧富の格差があまりに広がると社会の存続が怪しくなるからです。

社会の基盤を揺るがすものは裏切り者です。

そのヒトの強さを毀損する者をヒトが許すとは思えません。

遺伝子レベルからそれを嫌っているように思えます。 

 

また別方面からもそうと言えます。

富めるものもそれをサバンナで一人でなしたわけでなく、社会という人が集まり協力して作った組織の中で冨を得たはずなのです。

 

その株式売買益は、あなた一人の力で成したものですか?

会社という仕組みはあなたがつくったものですか?

証券を売買する市場はあなたがつくったのですか?

その取引を行うために使う電力はあなたが発電したのですか?

その取引のために学んだことはあなたが考えだしたことですか?

それらのコストは代金として払った。いいでしょう。じゃあ、その代金を支払うという仕組みはあなたがつくったものですか?他の人がその仕組みを信用するということなくしてあなたはそのコストを払えたのですか?あなたにその代金となるお金を渡した誰かがいなくてもその代金を払えたのですか?

その富がサバンナや釧路湿原で一人で築き上げたのものではないのなら、それはヒトが多く集まり作った組織、社会の力でもたらされたものであるはずです。

ならば、その富はあなただけのものではない。

社会の協力無くして人という個が富むなんてことなどありえない。

故に社会を揺るがすほどの富の所有を許す訳にはいかない。

それをしようとするならお前は裏切り者だ。

 

こう言われるなら自分は反論できません。

それが社会の力を借りて積み上げた富であるとするなら、その富を社会に還元しないのであるならその富の正当性はなくなるでしょう。

反論できるとするなら、社会の繁栄の為に富を個に集中させた方がいいという根拠を用意できる範囲までくらいですかね?

 

富の集中がエスカレートするならいずれこんな叫びが聞こえてくるかもしれません。

金持ちを吊るせ! 

社会に寄生して社会を毀損する裏切り者を吊るせ!

 

自分には金持ちを吊るす儀式が始まった感があるように思えます。

ピケティさんの本とか

パナマ文書とか。

ティーパーティとかもありましたね。

ブラック企業は嫌われ度を加速してそうですね。

 

その儀式が進んでいく中で富を独占しようとする者が出てきてそれがエスカレートし社会を揺るがすほどになるなら(あるいは既に揺らいでいるのかもしれません)、社会は富めるものを裏切り者として断頭台にかけるかもしれません。

そうすることが人の遺伝子から刻まれる、そしてヒトをここまで繁栄させてきた生存戦略だからです。

そして今までの資本主義は終わるのかもしれない。そんなおぼろげなイメージがあります。

そこからは新しい資本主義が始まるのか資本主義以外の何かがはじまるのかまではわかりませんが。あるいは終わらなく今の延長線のまま続くかもしれませんけど。

その中でどういうふうにするべきかを考えていくことも投資家のなすべき仕事の一つだと思うわけです。

 

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