大河の一滴

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僕らの手に持つ道具の完全無欠

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某所で見たのですが

不確実性を考慮してしまうと、経済学の「美しいモデル」が作れない。だから。経済学は長い時間をかけ、現実経済から乖離していった。

と、ミツハシ先生が仰ってましたよ。

いきなりなんだという話になりそうですが
なにかをわかりやすく説明したり理解するためには例外が邪魔で、それを優先すると例外を排除するしかないんだけど、そうすると現実と違うものができてしまうということでしょうか?現実は例外だらけでホントはもっともっと複雑だから。

これって投資でも言えるよね?

例えば株価のつき方ってすごく複雑だとおもうもの。でもある理論は別に間違いじゃない。それで説明できるときはあるし、だいたいならそうだよねってものも多いと思います。でも同時にそれはまるで使えないときも出てくる。でもめんどくせえ全部に適用するぞとなるとおかしなことになるし、常にそうあるべきだなんてことになるともっとおかしなことになる。

理論、ノウハウ、手法、考え方。なんでもいいんだけど
それには通用するときがあると同時に通用しないときもある。


僕らの手に持つ道具はそんなものです。

 

道具の限界はここだと思います。使えるときと使えない時がある。それじゃわからないときもある。それが通用しないときもある。それを認めて通用するとする時のみ使うならそれは道具としての役割を全うする。役立つものになる。

僕らの手に持つ道具は完全無欠なものなどではなくて、どこかに穴があり役立つときしか役立たたない。


そうじゃないんでしょうか?

完璧があれば安心なんだけどね。

でも完璧なものは手に入らない。だって完璧なものはないから。
安心を求めたりや手間をかけるのを嫌ってその道具をいつも使おうとしたり、その道具が使えないのはそれか通用しない状況が間違いなんだ!とかやりだすのは馬鹿げたことだと思いませんか?
だってその状況をなんとかしたり説明するための道具がそれなんですから。
だから使えそうなときは使って役立てたり理解に使ったりして、なんか駄目そうな時はそんな道具なんて投げ捨てておけばいいんです。また時には使えそうなときにも実はまるで役立たない事もあり得ると意識しておくべきなのではないでしょうか?

誰がなんと言おうとその状況現実が主でその道具は従なんです。

そしてどんな状況現実でもなんとかできる説明できる道具なんてありません。
完全無欠な道具などないからです。


完全な安心など存在しない。

 

その中で状況に対処するどころか自分がその道具の従となってしまって・・振り回されてるなんてないですよね?
もちろんその道具は状況現実に対しも、その使い主に対しても従であるべきです。

ならば始めから穴がある欠点もあると認識して使えるときだけ使うこと、時には役にも立たず空振りすることもあると見越した上で使うようにすること、穴を埋める他の道具も探しておくなんてこともしてれば、少しは完全ではないけど安心できたりラクもできたりできるかなあと思うわけです。


僕らの手に持つ道具の完全無欠
そんなものなんてないんです
ならばそれを知り道具の欠点限界を知り使えるときに使う事
それが手に持つ道具の役割を全うさせる事になると思いませんか?

 

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