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捧げる人たち

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最近ですが

リアルで投資家さんトレーダーさんとあう機会に恵まれてまして、自分の知る世界がどれだけ広いかは知りませんが、投資家さん(個人だけど専業)とトレーダーさん(プロになると思う)でおそらくはてっぺんの方にいる方にもあったり話たりする機会があったのでした。

そこで見た共通項・・なんてお話。

 

 その投資家さんは

投資系のイベントでちらとお会いしてお話を伺ったという感じですが(オフ会に誘われて偶然近くに座ったという感じですね)、当たり前のように四季報を持参しててそして、それがボロボロでした。発売してそんなに経ってないものです。

聞けばトイレにも持ち込んで読むと。で、リーマン時には表紙が真っ白になるくらい読み込んだと。

何回も何回も読んだんでしょう。四季報とか一度目を通すくらいではボロボロにならないものです。おそらくは同じページを同じ会社を十数回、あるいはもっと。

自分はアナログだからと謙遜されてましたが、アナログとかデジタルとか関係ないです。そんなの関係なくらいその方は会社を見てる四季報を通して会社を見てる。

あらゆる生活の中に入り込んじゃってるんですよね。

 

そのトレーダーさんは

以前より縁がある方ですが最近はより縁がある様で。

話せばトレードのことばかり。何を考えるのにもその先にトレードをつなげてくる。

そしてそれとは関係ないものには見向きもしない。ポケモンGOにも見向きもせず日々値動きをみてばっかり気がつけば夜通し朝まで過去検証なんて方。

なんでポケモンGOやらないんですかと尋ねれば、人の作ったものに乗っかるなんてしない人生に無駄なものなどいらぬなんて答え。

こちらもこちらで生活とトレードが不可分なものとなっているわけで。

もっとも、投資顧問としての活動もされているようでそうなると自分でトレード行為は違法ということになるので自分でトレードはされてない模様。そのうちしたいと仰ってますけど。

 

ちなみに上記の投資家さんの話を振って、自分が四季報たくさん読めば勝てるんですよとか言ったのですが、そうだねみたいな反応をされつつも、なんか腑に落ちてなさそうだったのでオカルトだと思ってますね?と聞いたら否定されず。投資家とトレーダーの価値観の溝は深いかな?と思った次第。余談ですが。絶対チャートたくさん見れば勝てますよね?って聞いたらYESと言うと思ってる。

 

捧げているんだと思うんです。

自分の持つリソースを投資にトレードに捧げてる。

捧げ続けて蓄積している。

泥臭く積み上げてる。

 

自分も他の投資家さんと縁があったりする中には相当の実績をお持ちの方とかもいますが、この人になら自分も勝てるなんてことは思いませんが、どうやっても逆立ちしても敵わないと感じてしまったのは上の投資家さんだけです。この方は自分より遥かに格上だ。って感覚わかるでしょうか?トレーダーさんはカテゴリが違うのでよくわかりません。富士山に足柄山は敵わないでしょうが猪苗代湖が敵うかどうかとかよくわかりませんし。そのような感じ。

 捧げる人が傑出した結果を出すんです。

 捧げるから傑出した能力を持ち得るかもしれません。

好きこそものの上手なれの真髄を見る気がするのです。

逆に傑出した成果は捧げる人たちのものなのでしょう。

そこまで捧げられないのならそれは望めない。

と、考えるようになるわけです。

 

捧げる気がないのなら、それは望めません。

捧げないのにそれを望む強欲が許されるとは思えないんですよね。

それは世界を捻じ曲げる強欲でいずれ鉄槌が下る事になる。

そのような感覚分かるでしょうか?

そこまで捧げる気を持てない限りはそこそこの結果で満足するほうが賢明だなとか思うようになった次第。 

ただ、捧げるものは苦行であるとは限らないとも思います。

自分は苦行は嫌ですが、楽しんで捧げられるものなら喜んで面白おかしく捧げてみるのも悪くないなあって思うわけです。

それは世界を捻じ曲げる強欲ではないですよね?

 

 

あなたは捧げたいものがありますか?

もし捧げるまでの気になるものがないのなら

傑出した成果を望む強欲には罰が下ると思いませんか?

 

うーん?参考記事。

kamomenotoushi.hatenablog.com

 

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