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似非FPが投資のことをまったりのんびり考えるブログ

資格だけの名ばかり似非FPが株式投資をしながら考えたことを書いて整理して自分が投資家として成長できることを目指します

強欲と恐怖のゲーム

L投資の心構え ・投資でかんがえたこと
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自分の考えてるテーマに、勝つものと負けるものをわかつものというものがあります。

例えばこれなんかそういう流れで書いたものですね。

kamomenotoushi.hatenablog.com

 

その流れでこれはもしかしたら自分のファイナルアンサーとなるかもしれないという答えを見出したようにも思えるものを見つけたのでここで整理というエントリー。

 

それは以下です。

 

投資・トレードを強欲と恐怖のゲームにしたかどうか?

 

自分としては、この答えにたどり着いて様々なことの筋が通った気がしています。

 自分としては様々な事象を理解できる説明できそうな答えです。

 

ファンダやテクニカルその他でも勝つ人と負ける人が出てくる理由

偉大な投資家トレーダーが求道的哲学的な言動を含んでくる事が多いように思える理由

多くの場合において多くの人が敗れあるいは勝てないと退場していく理由

傍から見ると無謀と見える張りにかける人も多い理由

 

個人的にはすっきり理解できる気がします。

だから今自分はこう思います。

 

強欲と恐怖こそがリスクであり損失を与える

その強欲と恐怖をコントロールすればいいんだ。

なんだ簡単じゃないか。

 

しかし言うは易し行うは難しの最たる例ではないかとも思うわけです。

強欲と恐怖は人に与えられた基本的機能だと思えるからです。

人に与えられた基本的機能だから多くの人がそれに敗北するわけです。

それに逆らいコントロールをなし続けた人が偉大な投資家トレーダーとなるわけで、そんな人の言葉は厳しい修行を修めて煩悩を制御するに至った僧のようにもなるわけです。

それをコントロールしようという発想をもちそれを試みた人は少ないでしょう。試みたとしてもずっと継続してそれを制御し続けなければ強欲と恐怖はいつ侵食しその人の張りを狂わせるか知れたものではありません。

それはきっと難しい。

 

だからきっと、それを制御するための棒が必要だと思うのです。

強欲と恐怖に心が振れた時、自らを叩く警策のようなものが。

 

それが例えば理であると思うわけです。

理とは理論。例えばファンダメンタルズであったり、テクニカルであったり。

インデックスでもいいと思います。なんなら、ダーツでも誕生日投資法でもいいと思います。誕生日投資法に理があるかは知りませんけど。ないような気もしますが理である必要もないかもしれません。

(自分は本当にランダムに時期と銘柄を選びつつ数を撃てるなら、買ったあとにしっかり損を限定し利益を伸ばすのならちょっとはプラスになるだろうと考えています)

 

だって、強欲と恐怖をコントロールできさえすればいいんですもの。

 

実際に理なんてあんまなくても勝っちゃうような世界です。投資。

一つの銘柄(日清製粉あたりだったとおもいます。)を延々何十年安くなったら買い高くなったら売りを続けているだけで億とかいった事例を知ってます。

その人は強欲と恐怖を長い期間制御し続けたんだろうとは考えています。

上がっている!乗り遅れる!という時にすぐに儲かるだろうという強欲を抑えて無謀な張りを抑えた。

下がっている!資産評価が減っている!という時にも恐怖を抑えて自分の方法を突き通す事ができた。

それだけなんじゃないかと思ってます。 

ある意味とても泥臭い世界といえるかもしれません。

そこには高度で洗練された理なんてなかったと思います。見方によっては理を拒絶した形だったのかもしれません。自分には理は扱えないと理を捨て泥臭いやり方をとった。

理は完璧じゃありません。今の今まで市場を完全に説明できる理など出てきてない。きっと今後もでてこない。 

 

といいつつそれらをコントロールするなら理であったほうがいいとは思ってはいます。

やはり警策はしっかりしたものの方がいい。警策は利益にならないんだとしても。

しっかりした理はより強欲と恐怖をコントロールするのに役立つだろうは、きっとそうなんだろうといまのところは思っています。 

 

理や手法が利益を導くんじゃない。

強欲と恐怖を制御することが利益を導く。

強欲と恐怖を理や手法で制御するからそれは利益になる。続ければきっと確かな利益として残るはず。

そんな風に考えるようになったのです。

 

市場は常に強欲と恐怖のゲームに誘ってます。

人の本能は常にそれを望みます。

あなたはその中でどのようにしてそれを拒絶し

自分のゲームを続けていくか考えるべきなんじゃないでしょうか?

 

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